街を歩いていると、とてもかっこいい外国人の方が数歩前にいらっしゃいました。
背は高く、体はがっちりしていて、なまらダンディな感じ。ブラッド・ピットというよりは、ブルース・ウィリス的なかっこよさ。服装は全身黒。後ろから見た感じでは、黒いスーツでシックに決めて、黒い革靴に、黒い長めのコートを翻しながら、隣にいるお友達と楽しそうにおしゃべりしていました。
「かっけ~な~。英語しゃべれたら、あんなかっこいい人ともお友達になれるんだべか?今から英語勉強しなおすべかな~」
なんて思いながら歩いていると、その方が、長めの黒い、マトリックスのようなコートを脱ぎ始めたのです。
春が近づいてきたとはいえ、まだまだコートなしでは厳しい北海道の夜。
「きっと、なんまらタフな男なんだべなぁ~。憧れてしまうべさ」
と、その方の一挙手一投足に見入っていると、なんと!コートの下は赤いTシャツ1枚だけではありませんか!
「いやいやいや!それはさすがに寒いべさ!しかも赤って!」
黒いスーツのズボンに赤いTシャツをインしたその方は、この鍛え抜かれた肉体を見よと言わんばかりに胸を張り、堂々と夜の札幌を闊歩していました。しかも、その見事な後背筋にはさまれて後光のように輝いていた文字が……
『深粉雪』
がっかりです。なんですか?深粉雪って。そんな言葉日本語にあるんですか?
32年間日本語の中で生活してきた僕にも分からない日本語を、誇らしげに背中に貼り付けて、夜の街に消えて行きました。
ああ、僕が英語を話すことが出来れば、優しく教えてあげられたのに……。
「それは違うよ。決してかっこよくない。だって意味が分からないんだもん。あなたの国ではその漢字のヴィジュアルはかっこいいかもしれないけど、日本でそれ着ちゃダメ。だって。だってね。意味がわからないんだもん」
ちょっぴり真剣に、英語を習い始めようかと考えた飯野智行32歳でした。